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黄景瑞氏「香港の呟き」 1994-02-20(第612号)

以下は、日本製紙連合会の広報誌「紙・パルプ」に掲載された黄景瑞氏の「香港の呟き」と題するエッセーからの要約である。氏は大の親日家で、長く台湾区造紙工業同業公会総幹事の職にあり、製紙業界はもちろん、段ボール業界、段ボール機械業界とも非常に交流の深い人。同業公会を退職後、一時、夫人と長男の居住する米国に行かれたが、現状は香港に移り住んで、新しい事業を興しているとのことである。

【はじめに】
根を離れると流される。風の吹くまま、波の間に間に、気がついたら東方の真珠ヴィクトリヤハーバーに住みついていた。南へ北へ毎日フェリーで海を渡り、朝焼け夕焼け、百万ドルの夜景といわれる「万家灯火」を見て帰る。

観光バスの窓から見る香港と、自分の足で歩く香港とは大分違うことが分かってくる。この世にも美しい海には、毎年2万トンの重金属が未処理のまま垂れ流されて百年なのだ。生け簀の鮮魚は、その海水漬けとなって食膳に上り、美食を賞する観光客が舌鼓みをうっている。しかし、今年も平均毎日2万3千人の旅客がよぎって行く。ナンバーワンの台湾人は約5千名、ナンバーツーの大陸中国人は約4,600名、北の大三島から来る人たちも毎日平均3,200名。寄せては返す波のように人潮は続いている。何がこの人潮を惹きつけているのだろう。

【香港とは】
[グルメ・ショッピング観光センター]
中国古諺は言う「蘇州で生まれ、吾川に住み、広州で食べ、柳州で死すべし」と。珠江からの淡水と広州湾の海水との会合地の大陸棚は150種にのぼる鮮魚を生み、鮮度世界一の美食が人を誘うのだろうか。世界各国の有名ブランドが、支払う人の財布の中身に応じて、みな手に入るためなのだろうか。址旗山(ヴィクトリヤピーク)から見る百万ドルの夜景が、そのダイヤの閃きに似た光景を胸に焼きつけるためだろうか。否、否、否。

バブルの弾けた米、加、EC、日本を香港では「6時30分」という。それとくらべると香港は「10時10分」で、バンザイだ。黄金の島に黄金虫が群がって来る。

[アジアの金融センター]
金融センターとして、ニューヨーク、ロンドンと肩を並べ、世界第6の株式市場を持ち、600社以上の多国籍企業が本社を置き、164社以上の外資銀行がここに支店を置き、世界第10位の貿易地区とし、国際商業センターとして香港は燃えている。1992年来、香港の貯金高は15億300万香港ドルなのに、貸出は24,695香港ドル、外国資本銀行は大の稼ぎ手である。

[情報のセンター]
朝のTVにロンドン、ニューヨーク、北京、香港のローカル放送とアジア34国に流れるスターTVが放送されている。各国の貨幣、それも米、英、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、スイス、ドイツ、フランス、日本、シンガポール、台湾などの両替価格が伝えられる。607万人といわれる香港の人口のうちブルーカラーが100万人とすると、香港には26万台の携帯電話が道行く人の歩行中、バス・電車・地下鉄の中で使われている。時々刻々と入る情報に「分秒必争」と言って「臨機応変」素早い対応策が図られる。情報化社会、国際化社会に生きる人達は、会議というあこぎな真似をして責任をなすりつけ合う暇はない。

[アジアの地理的なセンター]
世界の人口の59%を占めるアジア、貿易額の25%、生産値の27%、外貨の3分の1を保有する世界経済の機関車、アジアのセンターとして、香港は地理的にも本当のセンターなのだ。

平均1分に1機ずつ香港啓徳空港から飛び立つ航空機は1時間以内に海南島海口市、広西省北海市、広東省梅縣に、2時間以内に南昌、長沙、上海、貴陽、南京、鄭州、合肥、済南に、3時間以内に北京、西安、重慶、4時間以内に長春、蘭州、東京、ジャカルタ、シンガポール、カルカッタ、ラングーン、すなわち四小龍といわれる地区と中国、日本を合わせた中華文化圏、もしくは儒教文化圏、つまり現在、世界での成長率の最も高い地域を全部網羅し、女房殿の尻にしかれた香港人は日帰りをする。

[華僑とは]
これは正しくアジアのセンターであり、世界のセン夕ーなのだ。全世界に分布する華僑約6千万人の活動の基地でもある。華僑は世界160余国に散布され、90%以上が各国のパスポートを持っている。中国国籍を保有しているのは200万人に過ぎない。

東南アジアに85%以上住みついているが、マレーシア、タイ、インドネシアだけでも1,780万人、100万人以上居住する国としては、上述の3国以外にシンガポール、フィリピン、ヴェトナムと米国の合計7カ国がある。10万人以上いるのはビルマ、カンボジア、印度、日本、英国、フランス、ロシア、カナダ、ブラジルとオーストラリアである。カナダのバンクーバーは、ホンクーバーとも呼ばれている。

華僑は「大分散小集中」と言われ、主として各国のメインシティに集中する。また、国によって、そのオリジンも違う。例えばバンコックは潮州汕頭出身者、フィリピンは福建、フランス・オランダは浙江省青田と温州、アメリカは山東、河北、河南省出身者で、また全部の華僑の90%は広東省、福建省と海南省の3つで占められている。

従来、商業、飲食業、サービス、小売、什貨を営んできた華僑たちは、自国政府の力を借りず、各地に根をおろし、近年、米国、カナダ、オーストラリアとヨーロッパの華僑は科学者エンジニアとしてエリートぶりを発揮、東南アジア諸国では政治面に急速に進出している。タテに弱く、ヨコに強い華僑達は全世界で横の連絡を保ち、多国籍人として活動を活発化している。

93年11月、香港中華総商会は、各国の華僑代表1,300人以上を一堂に集め、より緊密なネットワーク結成を促進した。元シンガポール総理李光耀(リークワンユー)氏のテーマスピーチは特に人々の注意を喚起した。いわく、「華僑は居留国の繁栄を優先すべきであり、そのネットワークを駆使して居留国に最大貢献をすべきである。従ってシンガポールは移民政策を変更した。香港、印度、パキスタン、インドネシア、マレーシア、アラビアからの移民を歓迎する。多民族群が各国のネットワークをシンガポールを基地として推進することはシンガポールの繁栄につながる」と。排他主義・鎖国政策を固持するどこかの先進国には耳が痛いのではなかろうか。

[華僑の生産方式にも4種類ある]

  • (1)所詮、外国の文化にはなじめないので、一旗あげて帰国。
  • (2)当地の文化に溶け込み完全に同化する、つまり、バナナ(皮は黄色いが中身は白い)となる。
  • (3)多国籍企業を営み、世界の華僑と連絡して営業活動。
  • (4)財力で当地社会団体のリーダーシップを握り、居留国と中国との文化交流を保つ。

上述1、3、4の華僑たちが中国の改革発展に多大な貢献をしているが、その根城が香港なのだ。

中国が1979年から改革解放政策をとり、この間、外国資本の投資額は1,104億ドルで、そのうち香港マカオが67.2%、台湾が7.8%、つまり4分の3はこの華僑資本だった。香港と深せんの国境は海岸260キロ、陸地では24.5キロ接壌している。税関が8つあるが、陸地税関が3つあり、この税関を通過する自動車は全中国の79%を占め、毎日平均23,000両、平均通過所要時間は30秒。皇崗税関60のゲート、文錦渡税関18のゲートから嵐のように怒涛の如くコンテナーは去来している。

[中国の躍進]
全世界の不景気、主要工業国の成長率の1.1%は第2次世界大戦後の最低。IMFの予測では1993年の米国経済成長率はせいぜい2.7%、日本はマイナス0.1%と、19年来の最低。ドイツはマイナス1.6%、フランス・イタリアもダウン、英国は1.8%の微成長となるが、中国は確実に13.5%の高成長で、アジア経済平均成長率の8.7%を遥かに上回る模様。11億余の人口を持つ中国市場が世界最大の消費市場であることは論をまたない。外国資本が93年上半期に投資した金額は94億ドルで成長率は180%、投資は沿海部から内陸に向かって進み、外国投資の持株比率は既に20%となっている。

中国経済がこのような発展を遂げたのは、指導者の一言「一部の人が先に富むのは良いことだ」から始まった。2年前、中国の百万長者は488名だったのが、いまは100万人以上に増えている。就業のチャンスが増え、人民生活のレベルが向上し、21世紀は中国の世紀という評論家が欧米から出て来ているのは当然のことであろう。

[香港の人々の歩き方]
中国文化の玄関、香港の人びとの歩き方を見てみる。

  • (1)赤信号=赤信号で止まる人はいない。自分の判断で渡れる路はさっと渡る。「皆で渡れば恐くない」という観念はない。自分の会社と家族は自分で守る。どこかの国では駆け込み乗車が流行っている。誰かがしないと自分は何もできないのだろう。無秩序というが、それも秩序の一変形であり、無秩序であれば、それが一種の秩序となる。騒々しいとか、汚いというのは、活力にみち、多忙である表態となる。
  • (2)バス料金と始発終発時
    グリーンベルトの16人乗りの路線バスが走っている。どこでも停まるし、どこでも乗せてくれる。料金は天気と時間帯によって決まる。閑散時間の3ドルが、台風警報では100ドルとなる。自分の予算を見、天気を考えてバスを選ぶ、規制だらけの国の千篇一律は人間の思考力、判断力をなくすだけ。
    バスの始発が7時で、終発も所によって違い、拙宅には終バスが午後6時30分。温和しく家に帰って、遠い浮世の灯を見るだけで、居酒屋でオダを上げたり、溜飲を下げたりできない。残業手当もかせげない。日曜の始発は10時で、ゆっくり休めということで極めて現実的合理的。
  • (3)落下物ご注意
    コンパクトな香港。25階建てのビルに200世帯が入り、人口ざっと1,200名。スーパーが各ビルにあるので、5分間でショッピングが完了する。レストランも朝3時〜5時までの新宿・歌舞伎町なみの営業であり、極めて便利。不夜城として効率満点である。しかし、200世帯から路上にいつでも色んな物が落ちてくる。看板やチューインガム、洗濯物の下着、更に赤ん坊から成人まで、道行く人は「上を向いて歩こう」で、自分の安全を自分で図らなければならない。各家庭は3重施錠で、盗難や強姦されるのは自分が招いた結果であり、誰にも文句はいえない。
  • (4)物価とインフレ
    公的発表では8.9%のインフレであるが、物価は天気によって変わる完全なマーケットシステム。何をいくらで買い入れるか自分で決める。経済大国の観光ツアーが購入するものは、一般市価より2倍位する。それは減価償却や店舗の家賃税金が計上されているので合理的であり、決して差別ではない。
    類似点は沢山あるので、一々枚挙にいとまがないが、要するに極めて活動的、機動的であり、変化は常に起こる。つまり、変化が常態であり、その対応策は敏捷且有効でなければならない。過去の統計数字を分析し対応策を会議で決めるのは常に洞ケ峠となる。この香港での歩き方を心得ておかないと中国では歩けないのは自明の理であろう。

[紙の市場は]
1992年、中国の紙消費は1,800万トン、17%成長。日本が2,800万トンで2.2%の負成長。この図式を3年連続すれば1996年には第2、第3の紙消費国ランクは入れ代わる。中国製紙業界では増設プロジェクトを作り、香港で外資を募集している。今年だけで香港で公表されたプロジェクトはパルプ、新聞紙、印刷用紙、アート紙、家庭用紙、紙コップ、紙おしぼり、コート白板、段ボール原紙、トレーシング、ノンカーボン、石膏ボード原紙、濾過紙など62件にものぼっている。しかも、インドネシアと台湾が過去2、3ケース進出した以外に、華僑投資者達はこの余りにも儲からない業種には手を出さない。消費量と生産量には巨大なギャップが生じるのは目に見えている。この市場に参入するには、香港で歩き方を習得せねばならない。

熱海の八百屋さんは蛇年であり、蛇が成長するためには脱皮をしなければならないことを知って、3年前、全家族こぞって香港に移り住んだ。天安門事件のほとぼりも冷めていない頃。それからたった3年、今や世界に93社の会社と2万名の社員を抱え、多国籍企業として猛成長をつづけている。従業員の70%は中国人か華僑であり、情義を重んじる中国人を使い、信頼し、任せて事業の拡大を図っている。

和田八佰伴社長は香港式処理方法<皆協力して力一杯働き、素早く対応決断をし、そして利益を一緒に享受する>を採用し、経済大国の事務処理方式<ピラミッドの頂上に社長が坐り、階段を1つずつ会議して登りつめ、最後に決断をおろす。前線には下級社員を斥候に出すをやめ>、たとえば、上海浦東への進出は本人が現場を視察し、その場でスペース3倍増を要求、4日後には協議書にサインした。大企業の組織と中小企業の決裁方式を採用した。また、家族的雰囲気の中で商談する中国式商法を身につけた。

中国の古諺、人生胸懐を行い得ずば、百歳の寿にならんと夭し。和田社長はこの志で、香港本社より全中国を掌握しつつある。

【おわりに】

躍動するアジアの一員として、日本は最先進国として何をなすべきだろうか。日出ずる国の自称は、自分の立場での考え方である。香港から見た場合、それは風下の国、川下の国なのだ。地球環境保全や国際化が叫ばれる今日、ファックス、電話が便利な今日、自分だけのひとりよがりは許されない。

黄土は長崎の屋根を黄色くし、東風吹かば酸性雨は四島を蔽う。黒潮は東南アジア新興国家群の工業廃棄物をせっせと恋の九十九里浜に運ぶ。濃い来い九十九里浜となる。東海の磯で泣き濡れて蟹と遊ぼうと思ってもナニもカニも居なくなる。地球の自転を反転させない限り、行く先は見えている。

[後記]ヤオハン・ジャパン(和田一夫社長)は1997年9月18日、静岡地裁に会社更生法の適用を申請、事実上の倒産となった。転換社債の大量償還にともなう資金繰りの行き詰まりで、負債総額1,613億円。