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得能正照自叙伝「発明街道」

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1992-12-15【連載第10回】(平成4年)

アメリカのクラフトライナー

−−得能さんのような生き方というのは、もう二度と、どなたにも出来ることではないと、改めて思うのですが。

まあ、私は何度も言うようですが、大昭和でぎっちりやらさして貰ったので、製紙サイドから段ボールを見、段ボールサイドから製紙を見れるような境遇に育ちましたから、非常に恵まれたと思うんです。

−−普通なら、大体、紙屋さんは紙屋さんで、一生が終わるんですが(笑)。

私は職業がいろいろ変ったから(笑)、それに境遇に恵まれたことと、海軍で瞥見視力を教わったことね(笑)。だから、そういう見方をするから、先ほどのグルアの、箱詰機(ケーサー)との色々な問題でも、なんでだろう、どうしてこう分かれているんだろうという風に思うんです。ひとには余り言いませんけれどね。

例えば、箱詰機(ケーサー)の連中が、もう少し段ボールの特性ということを考えてくれれば、もう少しやりようがあるんじゃないかと思うんです。フィードにしても、小さいバキュームのキャップを付けて、こうやって持っていくのを、もうちょっと大きくしてくれれば、段ボールシートに少々反りがあってもパッと持っていけるというような、考えることが、いままでにも随分ありました。
「バキュームを、もうちょっと大きくしてくれませんか」と頼んでも、「もう、これ以上は大きく出来ません」なんて言われたらお終いですものね。

−−そういうことにも、いろいろぶつかったわけですね。

そうです、あんたのところの罫の入れ方が弱すぎるから、これがうまく曲がらないんだとかね。それならそれで、こちらの強度をもう少し増やして、相当バラついても全部いけるようにしてくれればいいのにと思うでしょう。そういう問題が随分あります、われわれサイドから見ましてね。
だから、罫の折れる強度を試験して、その範囲内のものをとか何とか、ややこしいことばっかりやるようになってしまうんです。ちょっと罫が入ろうが強く入ろうが、全部いけるようなケーサーを作ってくれれば、いいんですがね。

−−ケーサーを使っている箱に限って、紙質の悪いものが多いんじゃないでしょうか。

だから、バキュームでも、こんなやつでビュッと、こうやるでしょう。ちょっとシートの原紙がガサついたり、反りが多いとか、またアメリカの原紙を入れたら、もう表面が水光沢してないから、バキューム・キャップがきかないんです、アメリカのライナーなんかは、ラフだから。
だから、バキューム・キャップをもう少し大きくしてくれれば、ちゃんと持って行くのにと思っても、言うと、彼らは怒るからね(笑)。

−−アメリカの紙がなかなか使って貰えないのも、そういうケーサーなどとの関係ですか。

紙の表面適性です。コルゲータもそうです。アメリカの紙は、表面がガサツだから、ダブルバッカーの熱盤を滑らないんです。それでアンペア・オーバーしちゃうんですよ。

−−摩擦係数が大きいからですか。

そう、大きいから。それで、ダブルバッカーでアンペア・オーバーしちゃったから、こんな紙は使えんとなるんです。そんなこと、全然考えずにやってみたら、現場ではどうしてもスピードが上がらない、上げるとアンペア・オーバーするからです。

−−レンゴーさんでは、アメリカの紙を随分使ってこられましたね。

それで、アメリカに行って指導して、表面適性を良くするようにしたんです。滑らないと、コルゲータのスピードが上がらないんです。

−−それで、アメリカの方は、いやアメリカのコルゲータは、これで別に文句ないんだと言っていましたね。

いや、それは装置が付いていますもの。アメリカの場合は、油をやっていますから。

−−はあ、そういうことですか。

この写真ね、アンペアが上がってくると、ブーッと油をやるんです、少しスプレイしてね。するとここが滑りがよくなるから、アンペアが下がるんです。「AF 240 SPRAY EQUIPMENT」というのがこの装置の名前です。こういうのがあるわけです。

−−油をスプレイするんですか。初めて聞きましたが。

これがピューッと回っているわけ、いっぱいあるんじゃなく、一つだけノズルがあって、移動してからスプレイするんです。ダブルバッカーのアンペアが一定限度上がってくると、スプレーして、そうするとまた下がるでしょう、それでダーッと走れるんです。また上がると、またスプレーする。

−−日本のコルゲータには?

付いてません。

−−無いでしょう、聞いたことありませんね。

ないです。アメリカではね、これがそうですよ。

−−こんなことは、常識的なことですか。

常識ですよ、私にとっては(笑)。

−−そういう話は、あれですか、例えばアメリカの紙をもっと買えというような話があったとき、日米間の会議で、話題になったりするんでしょうか。

知らないのばっかり行って、やっているんだから、分かるわけないでしょう(笑)。段ボール屋さんの社長、技術屋は一人もいないんですしね。

−−お役所では、もちろん知らんでしょうね(笑)。

でしょうね。アンペア・オーバーするんです。それから、印刷適性が悪いんです。まあ、それはオフセットになると、全く解消されると思うんですよ。そういった問題をね、掘り下げて行きますと、どんな原紙でも使えるんです、現実には。
だから、色んな装置を使って、アメリカはアメリカなりに対応しているんです。アメリカのコルゲータも、日本のコルゲータも一緒ですけど、アンペアがオーバーするのも一緒です。だから、アメリカでは、アンペア・オーバーするとき、ああやって防いでいるわけです。

−−しかし、それは小手先のごまかしですね。

ごまかしだけど、あれが一番安いんですよ(笑)。そんなもの、だからといって、根本的に改造したら、えらいカネがかかります。

−−そうすると、日本のコルゲータメーカーがアメリカにコルゲータを輸出するときも、あんな装置を付けて出すんですか。

付けないです。あんな装置、単体で売ってる会社が、なんぼでもありますから、自分のところで買って付けるだけです。

−−それで納得しました(笑)、全く聞いたことがなかったですから。そうすると、レンゴーさんで輸入紙を消化するときも、別にあれを付けてやっているわけではないでしょうね。

やってないです。レンゴーも、アンペア・オーバーすると、こんな紙はもう使えん、もうちっと平滑度をよくしてくれと、クレームをつけるだけです(笑)。
だけど、アメリカでもヨーロッパでも、クレームつけるだけではおさまらないんです。製紙メーカーの方が強くて、段ボールは弱いんです。段ボールは、「ペーパー・イーター」です。製紙はダーッとただ抄くだけで、生産して、コストを下げて、ほら使えでしょう。製紙の方が強いですから。

−−そうですね、圧倒的に強そうですね。

日本の場合は、製紙会社が弱くて、段ボール会社の方が強いわけです。全く逆です(笑)。

−−平滑度の問題は、コルゲータのスピードにもよるんですか。例えばアンペアが上がったら、スピードを落とせば、なんとかなるんでしょうか。

そりゃあ、なります。ただ、これは簡単なんですよ、油を吹きつけるだけですから、百万円もしません。

大昭和吉永工場50号機

−−話が違いますが、大昭和製紙吉永工場の50号機のお話をまだうかがっておりませんが。(本紙注・平成三年50号機日産実績=コート白ボール375.4トン)

私が、了英さんと喧嘩して辞めましたよね。それで、辞めてからは没交渉でいたんですが、あるとき、もう五、六年前になりますか、アメリカからの帰りに、若い連中とハワイに寄ったんです。ハワイで一泊して、時差を取って帰ろうと言っていたんですが、そのとき、郵船航空の人が来て、「いま了英さんがハワイに来ているんですが、得能さんと同じホテルかも知れない」というんで、「ああ、いいよ、オレは了英さんと会ったって、別にどういうこともないから」と言っていて、それから、あれこれあって、そのホテルで了英さんと会ったんです。

それで、会社の連中は食事に行かせて、了英さんと二人だけで食事して、そこで色んな話をしたわけです。

−−お辞めになってから初めてですか。

そう、初めてです。それで色んな話をしたんですが、その当時、了英さんは不遇だったわけです。住友に支配されたり、まあ、いろいろ虐げられていてね。
あんまり可哀そうだから、私もいろいろ慰めたり、儒教の話なんかしたりしたわけです。そして、そのあと、了英さんは返り咲いたわけです。そのときには、だから随分親しくなったんです。
で、「得能、お前はいいなあ」というから、「何もよかないですよ、私は一生懸命、レンゴーのために働いているんで、どうということありません」と言ったら、「いや、お前は一族の中で一番すごい、一番幸福だ」というわけ。それで儒教の話をしたんです。
年寄りを敬い、兄弟と仲良くし、これこれこうという話をしたら、「お前の言う通りだ」と言うんです。そういうことから、精神的に随分打ち解けて、一緒に食事して、それで別れたんです。

帰って、しばらくして、了英さんが復権したわけです。例の住友も全部引いてね。それで、小林製作所に行ったら、了英さんがパカッと来て、色んな話をして、そこで、「おい、利根川工場を見せないか」というわけ。「いいですよ」と言って、加藤社長にもそのことを話したら、「結構です」ということなんで、私が了英さんを案内して、利根川工場に行って、見せたんです。

了英さんは、「すごい、こんなにすごいとは思わなかった」というんです(笑)。それから数日して、また大昭和の技術屋みんなに見せてくれと言うんです。10人ぐらい来ましたかねえ。入れ代わり、立ち代わりに、見に。仕様が無いんで、見せて、まあ昔の部下もおりますわねえ。そんなことでした。
それからですよ、馬力がかったのは。「やっぱり、板紙をやらんきゃいかん、あんまりお粗末すぎる」と。というのは、大昭和っていうのは、私がウルトラフォーマーの開発者だというのを知っているから、「得能がやっているんじゃあ、意地でも買うかい」といったものでした。

だから、板紙の主流というのが、もうウルトラフォーマーになっているのに、彼らは相変らず丸網で、こうガチャガチャやっていたんです。そんなもの、太刀打ちならんわけです(笑)。
ウルトラフォーマーが、あんなにすごいとは思わなかったんです、ほんとに。せいぜい富士地区のウルトラフォーマーの、スピードが100mか120mのマシンしか見てないで、あんな500mなんてマシンを見たこともないわけですよ。もう飛び上がって驚いたんです。

それで、いままでのコートボールのマシンを全部やめて、一台でドーンとやるから、教えてくれというわけ(笑)。それで小林に教えたわけです。こうやってこういうデザインで、こうやりなさい、と。それが吉永の50号機です。
だけど、まだピンと来ないんです(笑)。だから、吉永工場の技術屋をみんな仕込んだんです。コーティングはかくあるべし、板紙というのはこうだ、ああだというのを、講義したり、集めて、色々話したりで。

−−それは何年ごろですか。

51号が始まる頃ですから、四年ぐらい前ですか、いや、昭和天皇が亡くなる一年半か二年ぐらい前だから、五年ほど前になりますか。それでワーッとやったら、物凄くいい紙が出て、みんなすっかり喜んだんです。こんな扱い良い機械は初めてだ、となったんです。ウルトラフォーマーは、そこまでパンチ力がありましたからね。
だけど、やはり大昭和の技術屋は、潜在的に優秀ですね。何だかんだ言ったって、良いものを出しますよ、機械もいいものを入れますし。

だから、いまはもう大昭和の50号の白板というたら、最高の品質だと思うんです。あそこまでカネをかけられませんもの、普通のメーカーでは。そりゃあ、オーナー会社だからかけられるんです。

−−やろうと思えば、ですね。

その代り、いまはこんなになっちゃっていますけど(笑)、趣味でやるみたいなことで、経営じゃないですよ。でも分かりませんよ、好転してあれしたら、一ぺんにグワーッといきますから、分からない。それは歴史が語ることですね。だけど、いま現在は(笑)、仕様が無いねえ。

−−浮いたり沈んだりは、浮き世の習いですから。

だけど、それだけのことを、私の言う通りにやってくれて、いいものが出たというのは、私も嬉しいですけどね。

−−それで、了英さんとは完全に和解されて。

和解してますよ、もうとっくに、ハワイ以来ね。だから、別段あんちきしょうとも思ってないでしょうし、この間も新幹線でバッタリ会ったってね、おいおいって言って、「お前は、いいなあ」と、いまでも言いますよ、顔を合わせるたんびにね(笑)。

−−正真正銘のイトコ同士ですからね。

そう、いがみ合っても仕様がないんです、親戚や友達の不幸を喜ぶようじゃ、人間じゃないです。早く立ち直ってほしいです。私も大昭和の大株主ですしね(笑)。

−−いまは、だいぶお辛い立場ですけど。

だけど、仕様が無いねえ、自分がまいたタネだから。まあ、50号機は、そういう経緯があったんです。だから当時は、50号の白板紙は得能さんが指導してできたという話が、だんだん、だんだん色んなところから伝わってきましてね。「あんまり大きな声でそんなこと言わないでくれ、こっちはレンゴーの人間だから」と、小さな声で言っていたんです。いまは構いませんけどね(笑)。

−−内緒にしておきたかったのに(笑)。

そうなんです、違うよって言ってましたけど。まあ、それはそれとして、大昭和の技術者たちが、了英さんなり何なりの意向を受けて、全然知らないゼロから、やっぱり、こう思い切ってあれだけのことをやったというのは、立派だと思います。私がデザインしたとはいえね。

−−ウルトラフォーマー自体も、大昭和でそう評価されて、更に評価が定まったということでもあるわけですね。

本州でも、十条でも、どこでもみんな使っているのに(笑)、大昭和だけがそうじゃなかったんです。それは私に対するレジスタンスだったんですけど、いまはもう何でもないですよ。
ところが、私は、やっぱりバカな人間だねえ、ウルトラフォーマーのもう一つ上の、もっと凄いやつを開発しようと思って、まだカッカしているんです。いま考えている最中です。

−−ということは、やはりスピードで表現されるものなんでしょうか。

いいや、ユニット数でね。

−−新発明ですから、余り詳しいことは、お話し出来ないでしょうが(笑)。

ええ、まあシリンダーといいますか、ユニットの合わせる数でね。それから、機械コストの問題とか、色んな問題が、まあ、ほぼいけるんだろうと思うんです。

−−タイプとしては、やはりウルトラフォーマーのような。

いいえ、もう全く発想が違います。ウルトラフォーマーのかけらも無いんです。私はそういうものを全部、取り払いましたから。新しく開発するときには、ウルトラフォーマーを前提にものを考えたら、絶対に開発できません。

−−いまのウルトラフォーマーというのも、何代目かというような、区切ったら幾つもの段階を経て改良されてきたんでしょうか。

ないです。ずっと最初からの延長線上のものです。すべて延長線で、コンベンショナルとハイスピードと、二機種のウルトラフォーマーの延長線だけで、全然変わったところはありません。
だから、私はウルトラフォーマーの感覚というのは全く取り去って、いまは、全く新しい発想でものを考えようとしているわけです。(注・後述の「タイガーフォーマー」参照)

−−そうですか、それはまた、楽しみですね。

製紙の方の開発は、それで終りですなあ。いや、分らないですけど。

−−段ボール機械の方は。

段ボール機械は、三菱さんがバンバン、バンバンやっておられるじゃありませんか。新しいシングルフェーサ(注・ベルトプレスシングルフェーサ)も、この三十日に三原で公開試運転をやるんでしょう。得能さんも行く?いうから、「行かない、私はカンケイないよ」(笑)言うているんです。あまりそんなところには、出たくないです。

−−やはり「軍師は奥にいて、表には出ない」ですね(笑)。

こんどのも、問題を秘めてますけど、乗り越えられると思います。そりゃあ、段ボール機械としては、もう近来になく画期的ですよ、フィンガレスと同じ程度に。

−−そうですか、楽しみですね。

フィンガレスと全く同じ程度か、それ以上に画期的になると思います。将来は、私はほとんどのシングルフェーサがそうなるだろうと思います。そうならないと、将来は、シングルフェーサが売れなくなると思いますね。
それの影響というのは、あらゆるところに出てくると思うんです。印刷機まで影響を及ぼすでしょう。段ボール印刷機にもね。例えば、フィーダーは、どっちでもいいんです。プレスマーク(段目)のない、裏表のない段ボールというのは、そういうことです。