特大


得能正照自叙伝「発明街道」

「むすび」

本紙が得能正照自叙伝「製紙・段ボール発明街道」を刊行したのは2000年3月で得能さんが77才の喜寿、奥様の温子さんが古稀記念の年でしたが、それから7年経って、得能さんが84才、奥様が77才の喜寿、かつ結婚60周年を迎えられたということがあり、それから、3月末で得能さんが黒田幼稚園(静岡県富士宮市)理事長を引退して、令息敏正さんにバトンタッチされるということを先日うかがいました。

学校法人「とくのう学園」黒田幼稚園は昭和53年(1978年)3月の開設ですから、もうすぐ創立三十周年を迎えます。児童数三百数十名の静岡県下で最も著名な幼稚園で、得能さんは、製紙機械・段ボール機械の数々を発明されたばかりではなく、業界の方々にはあまり知られていないことですが、その後の人生を、教育者だったお父さんの志を受け継いで、幼児教育の分野でも、このように大輪の花を咲かせた方なのです。

ですから、私は以前から「その後の得能さん」を記述しないと、「得能正照自叙伝」が本当の意味では完結しないような気がしておりました。幸い、7年前と違って、スペース的に全くフリーなインターネットが活用できますので、数枚の写真で「目で見るあとがき」をお届けすることにしました。

実は私には2000年生まれの孫がいて、4月にピッカピカの小学校一年生になりました。写真の黒田幼稚園の今年の卒園生も、2000年生まれの新一年生です。こじつけになりますが、同じ2000年刊行の「得能正照自叙伝」もいわば同級生なのでしょう。7年の歳月は、生まれたばかりの赤ちゃんが、小学校一年生にあがるほどの長さなのだと、新たな感慨がわいてくる事情でもあります。

思えば、昭和20年1月に、得能さんは潜水艦部隊への突然の転属命令により3日後サイゴン沖で撃沈された駆逐艦「野風」には乗艦していなかったこと、奥様も8月6日、突然の休暇で爆心地を遠く離れていた偶然で、お二人とも九死に一生を得た方々でした。その偶然がなければ、段ボール機械はおそらく現在の姿ではなかったと思われますし、黒田幼稚園のこの情景もなかったに違いありません。そういう事柄を改めて思い起こさせてくれる写真集のように思われる次第です。

以上、あらましの趣旨を述べて、ファイナルの「むすび」の言葉といたします。

段ボール事報社
代表 亘理 昭  2007.04.25

  • 結婚60年記念