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井上貞治郎さんの名刺 2007-05-30(第981号)

井上貞治郎井上貞治郎

「井上貞治郎」さんの名前を聞いたり、読んだりすると、いつも一つの情景が浮かびます。50年前、昭和30年代の「紙パルプ会館」はいまと違って重厚だが古風な、少し暗い感じのビルでしたが、その2階を左手に折れてすぐの部屋とその奥の2室が全段連の事務所でした。

全段連は、当時、まだ工業組合連合会ではなくて、協同組合連合会だったと思います。そして、その奥の大型の椅子に井上貞治郎さんが座り、全段連専務理事の大井正三さんが、少しかがみこむようにして貞治郎さんに話しかけており、その左手2、3m離れたところに、がっしりした骨格の年輩の秘書の男性がこちらを向いているという構図です。

その画面には私はおりません。私はこちらの手前に直立不動の姿勢で貞治郎さんの「ご下問」に答えていました。そういう情景だけが目に残っていて、何をお話したかは覚えていないのに、私が言ったという言葉なら知っています。というのも、後日、大井さんに「亘理さんはそのときこう言った」と何度もからかわれたからです。私は、その2年前の10月に創刊した新聞の名前に、貞治郎さんの発明された「段ボール」という文字を使わせていただいたことにお礼を申し上げたそうです。

それは昭和37年のことでした。亡くなられる前年です。5月の連休に書斎を整理中に見つけた名刺が、そのときいただいたものです。私の「お宝」の名刺です。