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教え子「古希祝い」に地震 2008-06-15(第1008号)

石巻グランドホテルで石巻グランドホテルで

5月初めのころ、石巻市在住の昔の教え子達の同期会から6月14日午後3時に「石巻グランドホテル」で古希祝いの会を開くから、私にもぜひ出席してほしいとの案内がありました。その当日が来て、身支度を整え、出ようとしていたら、何か気味の悪い長波の揺れを感じました。午前8時43分に発生した震度7.2の岩手・宮城内陸地震の瞬間でした。気になりはしましたが、時間なので、9時過ぎにタクシーを呼んで家を出ました。

東京発10時40分の東北新幹線「やまびこ49号」で12時半に仙台着、仙石線に乗り換えて、14時12分に石巻駅着、駅から会場までは歩いて10分ほどの距離ですから、30分前には到着できる予定でした。ところが、東京駅に着いて分かったことは、東北新幹線の全線運転見合わせと、ただ新潟新幹線は線路の安全確認が済み次第、順次運行を始めるということでした。

同期会幹事のA君の家とホテルに何度も電話したけれど、不通のコールが繰り返されるだけ。関東大地震が起こってもこうかと考えると、空恐ろしくなりました。仕方なく構内で待っていると、仙台までは1時半ごろ安全確認が済み次第、運転再開の予定というアナウンス。それに力を得て、ひたすら電話をかけ続けていると、どういうことか、一度だけつながりました。雑音で聞きとれなかったけど、A君の奥さんに必ず行くと伝えたので、あとはただ行くだけとなりました。

1時半の運転再開一番列車MAXやまびこに乗って仙台が5時過ぎ、更に運転再開したばかりの仙石線で石巻に着いたのが7時。見上げると、空には円いお月様が浮かんでいました。着いたものの、散会して誰もいないんだろうと思いましたが、出席51名全員が二次会を開いて待っていました。

昭和28年4月に中学3年生、29年3月卒業の生徒たちが、55年後の今日、70才の古希を迎えて共に祝う会でした。先生の私は当時23才。28年12月に74才で亡くなる父を介護しながらの中学校勤務でした。

当日の東京からの参加者は東京幹事のM君を含めて5人。3人が前日来て、2人は7時台の列車に乗って車内で閉じ込められた口。仙石線も止まったので、仙台の人はタクシーで来たということでした。それと、あと4人の出席予定者が来るのを断念したそうです。

A君は給食のパンなども扱う地元製菓会社のオーナー社長。在京幹事のM君は成田の有名和菓子メーカーの元常務。「食」の苦労人ならではの名幹事、まとめ役といつも思っております。在京メンバーは約30名。毎年、ちょうどボジョレヌーボーの解禁のころに、葛西臨海公園のホテルで在京同期会を開催しています。

むかしセンセイ、いまサポーター。「あと7〜8年経つと、君たちは喜寿、ボクは米寿になるから、これからそれを目指して、一緒に頑張ろう」と、再会を約して帰りました。