特大


海外取材報告

2001年三菱ツアー

マレーシアへ

左上:独立記念公園に立つ記念碑 右上:ウェットパートから見た三菱「スーパーH」コルゲータ 左下:ホテルの窓から、この範囲だけでクレーンが3本 右下:ドライパートに向かって

三菱重工では、3月15日から17日までの旅程で、マレーシア、クアラルンプール市の近郊、クアラ・ランガトに建設されたゲンティン・サンイェン・インダストリアル・ペーパー社(製紙会社)の段ボール新工場に設置された同社製「SH-400高速コルゲータ」のミニ公開ツアーを行った。このツアーには、日本から三菱関係者を含めて18名、ヨーロッパ(イタリア)から5名のほか、前後して別途、米国からもこの機会に数名が見学に訪れ、「世界最高」とされる同機の高性能に、改めて驚嘆する場面が多かったようだ。
ゲンティン・サンイェン・インダストリアル・ペーパー(GSIP)社は、マレーシア最大の財閥企業ゲンティン・サンイェン(マレーシア)の子会社で、1971年に設立されたマレーシア最大の製紙会社。同社のセパン製紙工場の設備は、フォイト社(ドイツ)製及び小林製作所(日本)製の抄紙機各1台で、段ボール原紙を年間25万t生産している。
親会社のゲンティン・サンイェン・マレーシアは、同国唯一の合法カジノ企業からスタートして電力・ガス事業・流通ほか多分野に進出、電力関連事業として71年に製紙部門進出、GSIP社を設立した経緯。そして、製紙事業の延長線として、98年に既存の段ボール会社を買収して段ボール市場に初めて参入、翌99年、製紙工場に隣接するクアラ・ランガト、及びペナンにそれぞれ最新の段ボール工場を建設することを決定、まずクアラ・ランガト工場は三菱重工製SH400-2200Rダブルナイフコルゲータ1式、及びボブスト製函機およびISOWA製フレキソグルアほかを導入して、2000年10月30日から営業運転を開始している。
このあと、同国北部のペナン工場が今年4月着工、2カ月の工期で、6月から同じく三菱重工の2台目のSH1400-2200Rダブルナイフコルゲータが営業運転を開始する運び。更に同社は、次の計画として同国南部に3番目の段ボール工場を建設する予定で、近い将来、マレーシアの段ボール市場の50%のシェアを獲得する構想、と伝えられる。

クアラ・ランガト段ボール工場は、広大な敷地に工場建屋面積だけで1万1千坪もの大工場。昨年10月稼働の分速400m仕様の三菱SH高速コルゲータの隣のスペースが1台分、基礎工事を終えたまま、そっくり空き空間になっている。ここには将来、2台目のコルゲータが設置される予定で、ペナン・南部の両工場の完成稼働後の計画として、クアラ・ランガト工場の増設が予定されている。
日本では、あらゆる産業が成熟化し、段ボール産業ももちろん成熟化して、未開拓のフロンティアなど、今ではどこにもないように思えるが、そういう日本人から見れば、ジェンティン・サンイェン・インダストリアル社のこの段ボール事業計画は、まるで夢のような雄大な構想で、そういえば昔々の日本の段ボール創業者たちの間に、あるいはこんな壮大な夢も存在したのだろうかと、遠い過去の記憶をまさぐるような思いもしたことであった。同社セパン製紙工場の段ボール原紙生産量は、先述の通り年産約25万tで、一方、クアラ・ランガト工場の段ボール月間生産量は、目下、まだ操業6カ月目だから3千t(450万平方m)に止まっている。しかし、コルゲータを2台に増設した段階の年間段ボール生産量は14万t、つまり現在の4倍の月産量の1,800万平方m規模を目標にしている。
ということは、6月に完成稼働するペナン工場、及び明年にも予想される南部の工場の生産分を合わせ、セパン製紙工場の段ボール原紙生産量は、ほとんど自社の段ボール工場の自家消費分で早晩消化されることになるし、この自家消費の関係で、将来は製紙部門の強化なども浮かんできそうな状況となっている。

クアラ・ランガト工場は隣接するセパン製紙工場から全面的に電力・蒸気の供給を受けており、その面の制約が何もないことも、日本の通常の段ボール工場と異なっている。約1万1千坪(36,000平方m)の工場建物は、長さ240m×150mの長方形で、新設の三菱SH-400-2200コルゲータと中間ストレージとの間に2台目のSH-400-2200用の空きスペース、そして、中間ストレージの先に製函ラインが11系列導入される予定で、うち現在7ラインが稼働中である。ただ、今回の三菱ツアーには、製函ラインの見学許可が下りず、2階見学者通路からの見学に止まった。

三菱重工は、昨年3月17日、ゲンティン・サンイェン社向けの船積み前に、アメリカ・ヨーロッパからのスタディ・ツアー一行に三原製作所内で検証運転中のこのマシンの公開運転を披露、記者もその際に見学したが、やはりボイラーも完全でない三原の試運転と、今回の実際の運転ではまるで迫力が違っていて、頭上の速度表示が「402m」を示すのを確認しながら、全長120mほどの同機の先端から先端まで、みなと同様に何度も往復して見て回った。
運転を開始してからまだ半年にもならないので、完全にフルの状態ではないと思われるが、それでも同機の運転にオペレータが慣れて、高速運転状態が続くにつれて、製函部門での処理が間に合わない計算外の事態が生じて、導入済みの製函設備の見直し、入れ替えなどが検討課題になっているとのことだった。

見学中、SH-400コルゲータに付いているオペレータの人数がどうも多いような気がしていた。2階のDF部分にも2、3人上がっているし、シングルフェーサからドライエンドにかけて何人もの作業員がいる。2階のコントロールルームにも3人いる。マレーシアは人件費が安いから、オペレータの数を気にしないのか、あるいは外国から見学者が来たから特別なのかというような気もしていたが、あとで分かったのは、要するに機械に慣れさせる実習のために、2チーム分の人数で運転しているということだった。次々に新工場ができ、そのオペレータ要員を訓練しなければならない。とりあえずペナン工場が6月に完成、すぐ動き出すので、そのための教育期間が限られていたわけである。

3年前に既存の段ボール会社を買収して、新規参入た際、買収工場には三菱の年代物の古いマシンがあったそうだが、こんどは毎分400m、マシン巾2200mmで、ダブルカッタ式の世界最高速マシンとあって、営業運転を進めながらオペレータの教育・訓練もという、非常に活気に満ちた工場内の雰囲気であった。三菱コルゲータの高性能振りは勿論だが、もう一つ、日本及びイタリアからの参加者全員が目を見張ったのが、小松製作所製の自動倉庫システム。合計二千数百個分の収容スペースを持っていて、日本の段ボール業界でもこんなすごい自動倉庫は見たことがないと、誰もが感嘆し、小ロット多品種の日本にこそこういう最終製品ストレージが必要という声が多かった。

原紙は、全て自社のセパン工場製だが、品質はよくなかったというか、かなり悪かった。日本からの参加者の誰もが異口同音でそういう状況。冗談混じりに、これで400mを出すのは大変という声もあった。
ライナーの坪量は125g、150g、180g、275g、375gの5種類、中芯は120g、150g、180gの3種類で、フルートはAフルートが40%、Bフルートが30%、AB複両面が30%で、Cフルート、Eフルートも段ロールはあるが、現在はほとんど需要が無く、使用していないということだった

クアラ・ランガト工場の従業員は全部で160名。朝8時から午後5時までの1直操業で、残業はなし。そして、1シフト当たりのロット数は30〜60程度、スリッター/カッター替は60〜100回、また平均ロット長でいうと1ロット平均1,900m、平均スリッター長は約1,000mということで、現在の1日当たりの生産長は約70,000〜100,000mとなっているという。
日本のようなクレージーな小ロット・多品種・即納ということはないようで、従業員は5時になればさっさと帰るようだし、残業してまで頑張ってという仕事の仕方は、1日に5回、それぞれ決まった時間にお祈りするイスラム国家にはなじまないことなのだろう。

同社の段ボールケースの主要納入先は、マレーシアに進出している日本企業のソニー、日立、アイワなどの家電メーカーをはじめ、ハイネケン、カールスバーグなどの主要ビール会社など。複両面の比重がかなり高くて、両面6・複両面4の割合という。また、シート売りも全体の数量の10%ぐらいあるという。現在、マレーシアの年間段ボール生産量は、重量表示(原紙消費量)で約60万t。東南アジア諸国の中では、インドネシアの120万t、タイの80万tに次ぐ生産量。また、隣のシンガポールは約15万t程度となっている。

つまり、ゲンティン社の段ボール原紙生産量25万tは、同国の原紙消費量の40%以上を占めるわけだが、段ボールへの加工製品で50%を目指すというところに同社の今後への戦略が示されているわけである。日本に比べると、マレーシアはまだ10数分の1の市場規模だが、97年の通貨危機も、マハティール首相の政治力のもとに乗り切り、10年〜20年の長期計画で21世紀前半の先進国入りを目指している。そういう意味でも、東南アジア地区における最も意欲的な段ボール原紙・段ボール加工一貫企業として、同社の今後に大きな関心が持たれる印象だった。
それと同時に、現在、マレーシアには大小合わせて87社の段ボール企業があるといわれるが、GDP成長率が年率平均7〜8%程度ではあっても、既にオーバーキャパシティが言われている一面があり、これからのゲンティン社の果敢な加工部門進出で、企業の整理淘汰は避けられないという観測も同国内では強まっているようである。

マレーシアは、総人口が2,200万人で、うちイスラム教のマレー人が全体の約60%、中国系が3分の1、残る15%あまりがインド系およびインドネシア系の人種という。そして、最多民族のマレー人種が、イスラム教の教義を基礎として立法・司法・行政の三権を握り、政治的分野に参加できない中国系は専ら経済分野に進出、多くの有力企業がほとんど中国系または一部インド系という状況となっている。
マレーシアの首都、クアラルンプールは、クアラが泥の意味、ルンプールが川の意味だそうで、要は泥水の川のほとりの町らしく、水が飲めない。記者はたまたま三脚のねじ込みの部分に親指のヨコをはさんで、怪我をしてしまったが、水道の水で洗ったのが悪かったのか、日本に帰るまで出血が止まらず、結局、カルキの利いた日本の水道で洗ったら、翌日はもう出血が止まるという得難い体験をしてきた。

そのクアラルンプールは人口が500万人、工業団地や住宅団地が盛んに作られている周辺の通勤圏を合わせると1千万人の人口、つまり総人口の約半分近くがこの大都市に集中していることになる。だから、毎日毎日少しずつ変貌しつつあるのがクアラルンプールの素顔ということで、わずか1年後に来ても、余りの変わりように驚くということだった。そういえば、市内至るところにビル群が続々建設中である。ただ、通りすがりに見ただけだが、建物の骨組みとなる鉄筋がいかにも細い。一行の誰もがそれを見て、心配顔だった。われわれは「もし地震が来たら」という心配を先天的に持っているからかも知れないが、マレーシアには地震がないということで、だが、もしもの時は大変だというのが実感だった。