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韓国1985年(昭和60年)

1985-01-30(第298号) 韓国段ボール産業の急成長

▼記者は、昭和46年に一度、韓国を訪れたことがある。こんど14年振りに見た韓国は驚くほど変わっていた。もっとも前回も今回もソウルだけで、だから文法的に正確にいえば「ソウルは驚くほど変っていた」意味である。

▼新しいビルが立ち並び、シティホールから明洞(ミョンドン)の先まで地下道が通り、地下鉄が開通し、町全体が何かきらびやかに変ってきたように思えた。しかし、何よりも変ったと思われたのは、街を行き交う人々の表情が明るく、自信に満ちた様子であることだった。地下鉄通路の壁面には、全大統領訪日の際の、陛下との会見写真が展示されていた。日韓新時代がさりげなく表現されていた印象であった。

▼韓国の段ボール産業は、東京オリンピックを機会にテーク・オフを果した日本の場合と、いまソウル・オリンピックを三年後に控えた韓国の需要環境、生産規模や設備の状況、原紙の品質問題等々、相当以上に相似的な要素が多いように思われた。現在はまだ韓国の段ボール生産は日本の10分の1ないし9分の1程度だが、成長スピードの差から、やがて7分の1、6の1へと迫ってくるだろう。

▼そういう過程で、段ボール原紙産業も品質、規格面での競争力を強めてくるように思えた。ソウルの街をちょっと通り過ぎただけでいえることではないが、5年間ブランクだった段ボール業界団体が意気盛んな新発足をし、一方で、かってなかった大規模な一貫プラント新工場がスタートするなど、次の時代へ向けての、これまでになかった次元でのウォーミング・アップがはじまっているように記者には思えた。

▼回りくどい言い方はやめて、たとえば、昨年の韓国の段ボール生産は、日本式の計算だと約10億平方m。それが、ソウル・オリンピックの1988年に二倍の20億平方mになるとすればどうであろうか。いまはもう忘れ去られているが、昭和35年から東京オリンピックの39年にかけて、日本はその同じ経験を経てきたわけである。