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韓国1985年(昭和60年)

1985-02-20(第300号) 韓国の原紙事情を考える


右・韓錫理事、左・金昶震社長と


富平板紙新工場で据付け完了した三菱コルゲータ


段ボール産業のテークオフ期を迎えて

富平板紙は、ソウル事務所と仁川の本社工場をオフィス・コンピュータのオンラインで結んでいる。このコンピュータ導入は81年とのことで、「段ボール業界では一番早かった」と韓錫理事は語っていた。記者が餅店新工場を訪問した当日、つまり1月25日が餅店新工場にCRT32ビット×2、つまり64ビットの最新型オフィスコンピュータが搬入される予定の日でもあった。同じ日に仁川本社工場およびソウル事務所のコンピュータも同型の最新型に入れ替えが行われるとのことで、韓錫理事は非常に多忙な様子だった。

というのも、今回新設の三菱コルゲータにおけるコンピュータ制御(Σ40装備)についてオペレータの教育・訓練の話から「当社もコンピュータはかなりやっているのだが」ということで出て来た話題だった。
それによると、段ボールの受注をソウル事務所で受けてコンピュータに入力し、仁川本社、餅店工場でアウトプットする。同時に、往復で三つの事務所間がオンラインで結ばれる結果、餅店の三菱コルゲータからのデータが、オンラインでソウル事務所にも仁川にもアウトプットできるようになる、という説明であった。
「81年からコンピュータを導入してやってきたので、社内にはそれなりにコンピュータを扱える人がいる。だが、こんどはコルゲータそのものがコンピュータの固まりのようなものだから、オペレータの訓練が何より第一の課題。目下、シングルフェーサ、カッターなどそれぞれパート、パートごとに実習中で、2月10日のスタートアップが何とか予定通り出来るのではないかと思っている」とのことであった(注・餅店工場の三菱コルゲータは予定通り2月10日から営業運転を開始したと帰国後聞いた)。

韓錫理事の話では、韓国における段ボールの受注平均ロットは300〜400枚と、近ごろ小ロット化が大問題になっている日本以上に平均ロットが小さいようだ。10枚とか、20枚とか、そういう小さいロットも消化しなければならないということで、これは日韓双方の段ボール業界とも全く同じ事情と感じた。

前号で、原紙のことにちょっと触れた。大変失礼な言い方ではあるが、韓国の段ボール原紙は品質があまりよくない。段ボール工場に行くと誰でもやることだが、記者もその辺にあった原紙の巻取の端の方を、これはジュートライナー、これは中芯という工合に少しずつ千切って蒐集した。5、6枚たまったところで、何気なく両手でねじ曲げてみた。アレッと思うほどたわいなく手の中の紙が千切れた。それを重ねた。多分10枚ぐらいになったはずである。アレッと思ったハズミで同じ動作を繰り返した。紙片が小さくなったから、こんどはムシる格好だったが、それでもあまり力は要らなかった。
日本の紙は、アメリカの人たちにいわせると"弱い紙"と定評がある。だが、記者が段ボール工場に行くたびに何気なしにやる紙を5、6枚集めてねじ切ったこれまでの経験からすると、そのとき手に残った感触は、日本の段ボール工場で感じた手応えに比ベて、確かに、かなり弱かった印象である。

韓国製の原紙については、色んな評価がある。韓国から帰ったばかりのある日、日本製紙連合会板紙部で韓国のデータを集めていたら、さる製紙メーカーの方に会った。たまたま韓国製原紙の話になったら、その人が「韓国製の原紙は決して悪い紙じゃありませんよ」と語っていた。事実、日本には3、4年前、韓国製のジュートライナーが毎月相当量輸入され、当時、「日本の段ボール会社から品質上の色々の注文が出され、改良れた結果、決して遜色のない紙になった」ともいわれた。
頭の中にそういうイメージがあったのだが、手の中の感触は、必ずしもそうではなかったことが、記者には言えると思うのである。

というのも、輸出用に抄いた紙は、原料面でも特に配慮して良い品質なのかも知れない。しかし、国内の一般用ということではどうなのだろうか。そういう疑問も残ったことであった。

紙の良し悪しは、コルゲータがそのテスターのような役割を果す。「紙切れ」や「段ロールの摩耗」である。もっとも、コルゲータは、低質の紙でもとにかく貼り合わせなければならない役目だから、「紙切れ」の問題については、「紙の質が悪いからだ」とばかり一方的には云っていられない要素がある。それに段ボール原紙の品質の全般的低下は、古紙原料の利用割合の増加と比例した世界的な傾向だから、コルゲータの機能的には、紙をただ引っ張るのではなく、むしろ押し出してやるメカ的技術がますます重要になっているとも聞いている。
ただし、「段ロール摩耗」は原紙の品質如何だけでストレートに出てくる問題であって、段ロール材質の硬度その他で比較的な差はあっても、良い紙を使えば寿命は長く、悪い紙なら寿命が短かいのははっきりしている。
段ロールの取替えを必要とするのに、それまでに通した紙のメートル数でいわれるのが普通だが、クラフトライナー、パルプ芯ばかりのアメリカでは4千万m以上、日本はすこし下がって、韓国ではずっと短かく500万mぐらいということが日本の段ボール機械業界ではいわれてきた。

三菱重工製のシングルフェーサは、前号で述べた通り、大栄包装で昨年7月からはじめて稼動し、こんどの富平板紙が一貫プラントでははじめてで、まだまだデータ不足だが、その今後の結果が、以上の事情からも大いに関心を持たれるところに違いない。
段ロールの最大の敵は砂と灰分。原料の古紙にどうしてもまじっている砂や灰分等の夾雑物を取り除く工程が、韓国の製紙工場ではまだ完全ではないようである。砂がまじった紙は「サンドペーパー」そのものだから、紙やすりでこするのも同じ、と日本の機械メーカーは表現する。
富平板紙では、先述の通り、原紙の問題については購入先を厳しく選定し、更に品質の改善について改めて強く要請している。だから、韓国における段ロールの寿命という点でも、これから最高記録のデータが作られようとしているという一面が、今回の餅店工場のスタートアップにはあると思われたわけである。

韓国の段ボール産業は、1955年〜60年を揺籃期に、以下、61年〜65年黎明期、66年〜70年乱立期、71年〜75年整備期、そして76年〜80年合理化期と表現されている(旧・韓国段ボール包装工業協会資料)。そして、いまは「先進国」への仲間入りをめざす"先進祖国政策"のもとで、本格的なテーク・オフ期を迎えようとしている。
そういう同じ局面で、思えば日本は恵まれ過ぎるほど恵まれていたという感も深い。
昭和32年の秋ごろだったと思う。記者が或る日、例によって通産省軽工業局の大井正三事務官(当時。のち全段連専務理事、故人)を訪れ、取材して帰りかけると、「ちよっと」といって呼びもどされた。何かと思ったら、「本州製紙の木下社長が段ボール業界の主だった人なちと会うそうだが、何か聞いているかい」と。それは当日、すでにその会合が持たれた後だったと記憶するが、正に晴天のヘキレキのようなヒントだった。色々取材して分かったことは、その後、昭和34年に稼動する本州製紙釧路工場のクラフトライナー・SCP中芯原紙抄造の超大型抄紙機建設という大構想だった。木下社長が村瀬憲臣、山田恒三両氏のほか段ボール業界の幹部に会って、部外には初めてその構想を説明し、了解を求めたのである。
当時在籍した通信紙にその第一報を書いたとき、全国から問い合わせが殺到したことを今も鮮明に覚えている。大井さんの好意そのものの「リーク」だったに違いないが、そのとき記者は、夢にもそうは思わなかったことを証言したい。

その人たちの殆んどが、もう故人となってしまった。当時、天下を震撼させた本州釧路の当のマシン2台も、その後に出来た抄紙機に段ボール原紙を譲って、他に転抄してしまった。時代は移り変ったが、故木下社長が米国市場視察で段ボール原紙に着目、当時の北海道の風倒木利用で日本に初めて本格的なKライナー・SCP中芯をもたらしたことが、他の製紙メーカーの同じく段ボール原紙への注力をも誘発して、ちょうどテーク・オフ期にさしかかるわが国段ボール産業を、その原材料の面で強力に裏づけた事実は変らない。当時の日本を思い合わせて、韓国段ボール産業が恵まれていないと思うのは、そういうことである。