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業界動向

2007-07-15 大万紙業(株)を訪ねて

塚本一孝社長

塚本一孝社長

本紙では6月21日、大万紙業(株)富士小山工場(静岡県駿東郡小山町棚頭224-11、電話0550-78-1511番)を訪問、塚本一孝社長に同社の近況を聞いた。同社は、塚本社長の厳父、塚本次郎現会長が昭和22年に紙器製造で創業、以後、静岡県下で最も早く段ボール製造を開始し、昭和36年からコルゲータを導入して一貫生産体制を確立、以後、昭和46年に現在の大井川本社工場(静岡県志太郡大井川町上小杉792-1、電話054-622-2711番)を開設、更に平成元年に富士小山工場を開設し、現在に至っている。

<問>塚本次郎会長はお元気でしょうか。

<塚本>はい、大正11年生まれですから、今年85才になりますが、すこぶる元気です。好きな山歩きも、ハイキング程度ですけど続けておりますし、実は2年前に母が亡くなりましたが、かといって町内会の老人会には行きたくないということで、身体は至極健康ですから、休みには私が結構一緒に歩かされますし、それに音楽会を聴きにいったり、演劇を見に行ったり、まあ色んなことを一生懸命やっております。

<問>会長さんは、昔から機械に非常に研究熱心な方でした。私は職業柄、新しい段ボール機械の発表会というと必ず取材に行っているわけですが、そのほとんどの場合に塚本会長が出席しておられて、同様に参加している若い技術者より何倍も熱心に説明を聞いたり質問されたりしておられたので、その印象が強烈に残っているわけです。それで、段ボール会社は加工業だから、段ボール機械の研究熱心な経営者でないと、結局、事業も伸びないんだと、御社の発展ぶりと合わせて、ずっとそう思い続けてきました。御社は塚本会長がゼロから創業された会社ですが、まず、その沿革からおうかがいしたいのですが。

<塚本>一番最初は貼箱からのスタートなんです。私の父は、子どものころに父親、つまり私の祖父が早く亡くなったので、小学校を出てすぐ箱屋さんに丁稚奉公に行ったそうです。それで、太平洋戦争末期の頃に、衛生兵として召集されて満州に行き、終戦で復員したわけですが、結局、手に職があったから箱屋さんを始めたわけです。

そうこうしているうちに段ボールの時代がやってきました。そういうことを自分なりに考えて、岐阜県の恵那か中津川か、あの辺まで段ボールシートを買いに行ったそうです。夜汽車で行って向こうに朝着いて、向こうの段ボール屋さんで朝御飯をご馳走になって、それで、段ボールシートを貨車いっぱいに買って帰ると、その段ボールシートを加工したというところから始まったのです。

最初は、静岡駅から歩いて10分ほどのところに工場がありました。奥行きが30メートルぐらいしかないんです。そこにコルゲータもあったんです。私がまだ幼稚園のころですけど、そのころ、私にはとてつもないバカでかい機械だったという印象ですが、まだ段ロールの中でガスバーナーか何かが燃えていて(笑い)、シートが止まったら機械ごと燃えちゃうんじゃないかという感じの機械でした。それが最初の第一号機で、それでも静岡県で一番目か二番目か、とにかく非常に早かったんだと思います。

そのあと、引っ越し、引っ越しと続いて来るんですが、もともとの大井川工場を昭和46年に開設し、平成元年にこの富士小山工場を開設して、この2工場でやっております。昭和22年創業ですから、業歴だけは非常に古いんです。

<問>段ボール業界は戦後の若い産業ですから、創業年次は昭和35年を中心にした30年代がほとんどですね。

<塚本>うちも、静岡工場でコルゲータからの一貫生産を始めたのは30年代の半ばですが、大井川工場を開設した昭和46年は、紙パニックの2年前ですから、仕事はすぐあったような話です。地域の農協経営のスタンドで、ドラム缶入りの重油をトラックにいっぱい積み上げて、そのまま製紙工場で重油と段ボール原紙をバーターのようにして、優先的に原紙が買えたそうです。

<問>塚本社長は、この会社には何年からですか。

<塚本>私は、学校を52年に卒業して、それから2年間、大王製紙さんにお世話になりました。実際にやったのが、いまは中芯を始めたN1マシンで、当時は新設ライナーマシンの3交替を半年間、それと、労務部の方に2年間、お世話になりました。

<問>いい勉強をされましたね。ところで、大井川工場と富士小山工場と、2工場の分担はどういうことになっているんでしょうか。

<塚本>基本的に、テリトリーで分けているんです。この工場は富士川から東、それから神奈川の西部と山梨県の20号線より南、それと伊豆半島です。大井川工場は富士川より西と浜松まです。大体、富士川で線引きしている形です。ただ、加工で大きい箱、小さい箱があって、できる出来ないがありますから、若干融通はつけてありますが、以前は、ワンタッチケースとか、こっちでできないものは大井川でやったことがありますが、最近は外注で、近場のボックスメーカーさんに頼んで作るようにしております。

<問>シートとケースの割合はどんな具合ですか。

<塚本>全体ですと、8割がケースです。大井川工場は100%近くがケースですが、こっちは4割ぐらいがシートです。

<問>静岡地区でメインの需要というと何ですか。

<塚本>静岡県は特化しているものは少ないんです。まあ、浜松に行くと自動車とか楽器とか、富士には製紙がありますけれど、全体としてはバランス良く、青果物、加工食品、工業製品と大体何でもあるんです。ですから、売り先も千差万別というか、そういう中で私どもが考えているのは、まあリスク管理という意味で1業種2割まで、そして1ユーザーごと最大1割までという基準です。

例えば、自動車産業でいえば、自動車メーカーがあったり自動車部品メーカーがあったりするんですが、幾つかの自動車関連の売り先を足して全体の2割ぐらいまでで押さえておけば、その業界が悪くなっても何とかなるだろうという考え方です。そのなかでも、トップの会社の割合を1割までで押さえておこう。ですから会社が全部引っ越しして、いなくなっても、1割なら何とかなるだろう、大万紙業はということです。

静岡地区は製紙工場が多く、例えばティッシュやトイレットペーパーですが、その全部を足しても全体の2割以内、そして一番多い売り先の製紙会社でも1割以内ということで、ですから逆に言うと、1業種、1ユーザーに特化しないようにしているんです。

<問>大万紙業さんというと、派手派手しいところは一つもないけど、あの会社は中身が良いんだという評判をかねがね聞いておりますが、やはり、そういうところも、世間の評判の元にあるんでしょうか。

<塚本>まあどうですか、業歴が長くて、それだけ積み上げてきた部分がありますから、それを評価して下さっているんじゃないでしょうか。

<問>いまは、大手が企業統合を進めて、段ボール業界の様子が以前と大きく変わりました。そういう中で統合大手とインディペンデント企業の関係をとかく言いたがる風潮もなきにしもあらずです。まあ、別に大手の工場だからといって、ピカピカの、何でも出来る工場かというと、そうではなくて、出来る部分もあれば、出来ない部分もあるということですが、しかし、実際問題として、何となく影響される部分はあるんじゃないかと思います。その統合大手に影響される部分というのは、どういうことでしょうか。

<塚本>まあ、安いと思うけどね。やはり、われわれ中小企業から見た大手の見方になってしまうかも知れませんけど、最近のシェアの移動で見たとき、去年4月に原紙と同時にケースもシートも上げるよということで、それでわれわれは原紙を買っている立場でしたから、一生懸命やって、皆さんも一緒にやっているんかなと思っていたら、結果から見ると、大手さんがシェアを伸ばして、なおかつ平均単価は上がらないじゃないかみたいな中で、結局は、値上げよりシェアだという結果になって、そういう意味では、原紙を外販している会社はシート・ケースが上がらなくても、原紙が上がった分だけは、それなりに値上げの効果が出てきますからね。

まあ、力の論理じゃないんだけれど、やはり、中小の考えているところと、総論で考えるのと、各論とで開きがあったなということですね。それは、もう、それでしょうがないと思うんですが、ただ、やはり段ボールというのは、本当に地域密着なので、要は最近よく「安心・安全」という言葉を聞きますけれど、やはりFAX一本で注文して頼んでおけば、まあ納期が間に合って、ちゃんとしたものが来るとなれば、それはそれで親密なおつきあいが続いて行くと思うんです。
だから、そういうのは、企業の大小ではなくて、企業と企業、個人個人の担当者と営業マンの付き合いだったり、運転手と向こうの担当の付き合いだったり、人間関係であり、規模ではなくて、ですから、やはり段ボールについては、やって行けると思うんです。

というのも、マンモス工場を作って、200キロ、300キロも遠くへ持って行くということはほとんど無くて、せいぜい片道30キロとか50キロの範囲でのものですからね。やはり、企業の信頼、人間関係の信頼を大事にして、やって行けば、そんな大手の傘下に入らなくても、独自にやって行ける産業ではないかなと、そう思っております。

<問>それから、もうひとつ、大万さんにぜひお訊きしたいことがあるんです。というのは、全段連からというか、東段工からというか、かつての独禁法違反事件とそれから生じた課徴金問題を機に、大万さんが脱会されましたね。そういう会社があっちにもこっちにもあって、四国なんかは丸ごと抜けて四国協議会を作ってやっていたのですが、そういうように、業界組織から抜けて、しかも、みんなしっかりした会社です。その辺について何か共通の思いがあると思うんですが、その点を大万紙業さんにお訊ねしたいのです。

<塚本>私自身は、あの頃も会社にはいたんですが、わけも分からん時代でしたから、詳しくは後になって聞いたんですが、やはり当時は大手に言われる通りにやっていた、そしたら突然課徴金をかけられて、お客さんにもよほどの悪者のように見られるという結果でした。そんなこと、一緒にやりたくはなかったんだけど、結果的にこうなったんだということで、当時、静岡県の数社も一緒にやめてしまいました。大体、同じような時期にですね。

それからずっと話はなかったんですが、3年ほど前から、また入らないかということで、お話がありました。そのときに、それじゃ入ったらどうなるんだ、メリット、デメリットはどういうことかと考えたんですけど、これはあまりに俗っぽい話で恐縮なんですが、入会した場合の会費というのがかなり高いんです。それで、その金額を本業で稼ぐのに、では一体、何平米を貼らなくちゃならんのかと考えると、東段工の会費は、まあ、難しいんじゃないかなということでした。業界団体ですから、余り安易なことは言えないんですが、まあ、そんなことを色々考えているうちに、あまりお話もなくなって、今日に至っているんです。

それと、世の中がまるで大きく変わりましたね。例えば、流通さんは、昔は新幹線もなかったし、製紙会社の代理店として代理業務をするからということで、静岡まで来るのは場合によっては泊まりがけだったんです。それで、注文は巻取何本というのを聞いて帰ったわけです。それが、いまは電話も、携帯もあればFAXもある、インターネットもある中で、流通だって、情報とか手形の日にちとか、幾つかの役目があるんでしょうけれども、元々の発端の仕事というのは、いまは無いはずなんです。われわれは、メーカーと直接デリベリーをやるわけですし、だから昔と今とでは背景が変わっています。

ということと同じ社会情勢や背景の変化で、段ボール工業組合といえども、そういう時代に、どう対応して行くかが問題じゃないのかなと思うんです。

【会社概要】
▽商号・大万紙業株式会社▽創立=昭和22年3月▽資本金1,000万円▽従業員91名▽敷地及び建物=本社・大井川工場/敷地18,210m2(建物・事務所工場倉庫延べ7,329m2)、富士小山工場/敷地26,539m2(建物・同9,509m2)
[主要設備]▽コルゲートマシン2台▽フレキソフォルダーグルアー3台▽プリンタースロッター1台、プラテンダイカッター3台▽ワンタッチグルアー23台。
[営業品目]段ボールケース・段ボールシート・印刷紙器・巻取段ボール・その他包装資材。
【沿革】
▽昭和22年3月、塚本紙器製作所として塚本次郎現会長が創業、紙器一般の製造を開始▽28年1月、有限会社塚本紙器製作所を設立▽31年2月、大万紙業株式会社の改称▽36年7月、静岡工場に段ボール製函工場、段ボールシート工場及び事務所を相次いで完成▽36年11月、中小企業診断優良企業として中小企業長官より表彰を受ける▽16年12月、大井川町に段ボールシート・段ボールケース一貫工場として大井川工場完成▽名古屋国税局優良申告企業法人として表彰受ける▽54年11月、省エネルギー対策として段ボール製造部門に熱回収装置完成▽59年6月高生産性・省力化段ボール箱製造機械導入▽平成元年5月、静岡県駿東郡小山町の富士小山工業団地内に段ボールケース一貫工場として富士小山工場完成▽平成11年4月、静岡工場・大井川工場統合に伴い、コルゲートマシンウェットエンドのS&B▽16年10月、大井川工場コルゲートマシンウェットエンドのS&B▽大井川工場フレキソフォルダーグルアーのパレタイジングロボット設置▽17年11月、富士工場コルゲートマシンスリッタースコアラーのS&B▽同、フレキソプリンタースロッターのフレキソフォルダーグルアーへの改造工事及びパレタイジングロボットの設置。