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「歴史の証言」過剰設備で段原紙は麻痺状態に(平成5年)

「バブル経済の崩壊」は産業分野のそれぞれによってかなりの相違があるようである。段ボール業界のピークは製品値上げの浸透した平成2年から3年にかけてで、その後の社会・経済情勢の変化につれて、平成5年ごろからは特に設備過剰を表面化させた段ボール原紙の混乱を軸に、一挙に業況の悪化を招く情勢となった。

「バブル経済の崩壊」の定義はどうかを、「ウィキペディア」で検索すると、次のように記述されている。段ボール産業の苦難も、ここから始まった。

『数値的に確認できる「バブルの崩壊」と、体感的な「バブルの崩壊」にも最大で数年程度のずれがある。データ上、バブルの崩壊は1990年(平成2年)11月頃始まったが、必ずしも誰もが直ちにそれを体感したわけではない。バブルの崩壊を経済学的現象ではなく、深刻な社会問題ととらえるとき、目安となる時期は、全国的に地価の下落が明確となり、有効求人倍率や新卒の求人倍率が大きく低下し、企業の業績悪化により学生の内定取り消しも相次いだ1993年(平成5年)頃から、不良債権問題や株価低迷によって大手金融機関が次々と破綻に追い込まれた1997年(平成9年)頃にかけての間であり、それまでは(事実としてバブル崩壊が始まっていたにもかかわらず)それを認識できずに楽観的でいたり、そうでなくても、まだ持ち直すかもしれないと期待していた人々がほとんどだったと見られる。
また、経済政策の失敗によって1997年以降の景気が極端に悪化し、リストラや採用抑制が一層激しくなっているため、本格的に実害をこうむった1990年代後半〜2000年代前半を特にバブル崩壊による景気悪化と振り返って捉えている人も多い。
以上のことを踏まえると、一般的にバブル絶頂期とは、景気が良いと一般大衆に認識され始めた1988年頃から、景気が悪くなってきたと認識され始める前の1992年頃までを指すこともできる』。